なにがし

写真が多いかも。と思ったら、パソコン・スマホとかデシタルネタばっか。

ちょっと前によく見たTVのCM。
若い落語家が師匠の落語を見た時の衝撃を語っていた。

目の前に噺の中の情景がまざまざと現れ、
終わった時体がしびれて、立ち上がれなかった。

大げさだな、と思った。
講談師見てきたように嘘をつき。
師匠のことだからと大げさに言ってるんだな、と思った。

その時は。


なにがし  「イリヤの空、UFOの夏」についての感想。

私は小説を小学生の頃からよく読んでいた。
推理小説、SF、ホラー、純文学、などなど。
常に読みかけの本がカバンの中に入っていて、
息をするように本を読んでいた。
さらっと読んではすぐ次の本へ。
読み返しもしない。
私にとって読書とはそういうものだったし、
誰にとってもそういうものだと思っていた。

そうやって息をするように読むつもりで
「イリヤの空、UFOの夏」も
カバンの中に入れた。

最初のうちはなかなかうまいな、くらいの気持ちだった。
その後は上記リンク先の引用。

それがどんどん引き込まれていって、その3あたりから次の章が待ちきれなくなった。
その4では後の展開が気が気でなくて、本当に待ちきれなくて一日で一気に読み終えた。
元々は連載だったらしいが、続きを次の号が発売されるまで待たねばならなかったなどと考えるだけで恐ろしい。

読み終えた後、次の日まで頭の中は園原にあって、伊里野のことを考えていた。
その日は仕事にならなかった。

と、作者に頭を掴まれて思いっきり物語の中に
引きずり込まれたような没入の仕方だった。

それから小説の読み方が変わった。
というか、読んでいる時の頭の使い方が変わった。
内容が以前より頭に入るようになったし、
小説の中の描写が光景として浮かび上がってくるようになった。

冒頭に書いた若い落語家の言っていたことも
もしかしたら本当のことかもしれない。そう思った。
目の前に噺の中の情景がまざまざと現れ、終わった時体がしびれて、立ち上がれなかった。
落語にも私の分からないようなそんなすごい力があるのかもしれない。

小説の話に戻ると、
さらにその後こう書いた。

これが小説のもつ力なのか、「イリヤの空、UFOの夏」だからか、秋山瑞人だからか、ライトノベルだからか、小説だからか、どれだかわからない。ライトノベルだと敬遠していたのが悔やまれる。

今改めて思い返してみると、
あれは「小説」の持つ本来の力だったような気がする。
それまで様々な小説を軽く読み飛ばしてきた私に、
作者がその凄まじい腕力で小説の持つ力を
まざまざと見せつけてくれたように思う。
そのことに感謝したい。


スポンサーサイト

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

この記事に対するコメント

page top

コメントの投稿

Secret

page top

トラックバック

page top

2019-06